三五館シンシャ

個展とトイレットペーパー

倒産する出版社に就職する方法・第47回

 

『このイラストをスキャニングしてデータ化してほしいんだけど』

『こういう写真、探せへんかな?』etc.

 

 

11月下旬、長澤、藤原両氏から、LINEで依頼事が届くようになりました。

いまだ全体像をまったく知らされないままではあるものの、2人がなにやら動き出したのです。12月15-16日開催の個展に向けての胎動です。まずは歓迎すべきでしょう。

 

『こういうサイズのパネル、作ることできる?』

『この写真とこの写真使いたいんで、手配して』

『本で使った●ページのイラスト、データが欲しい』etc.

 

 

次々に舞い込む依頼。

10月初旬に長澤氏が発した言葉が、私の頭の中をリフレインします。

――2カ月あるから余裕じゃね――

その2カ月、ストイックなまでに余裕を絞り込んできた長澤氏。体内における余裕はわずか数%、体温が低下、ホルモンバランスが崩れるまでに。なんて無茶な。

私には個展の全容は計り知れませんが、開催に間に合わせるべく急ピッチの作業をフォローしていきましょう。

 

 

『本の見開きページのパネル、用意できない?』

『追加でこの写真も手配してほしいんやけど』

『著者のプロフィールパネル、作って』

『トイレットペーパー作るから、デザインお願いしたいんだけど』etc.

 

 

 

……。

 

やること多くね?

テトリスでいうと、あのZみたいなやつばっかどんどん落ちてきてんだけど。

俺の人生、GAMEOVERさせるつもり?

 

 

とはいえ、依頼された作業をこなすうち、私にも断片的ながら個展の姿が見えてきつつあります。

長澤氏が言っていた「絵的にめちゃくちゃいい」「みんな来たがる」というのはこういうことだったのか。あらためて期待感が高まってきました。

ただ、最後のトイレットペーパーが個展の中においてどう位置づけされるのか、ここだけがよくわかりません。

長澤氏に電話で確認です。

 

「トイレットペーパー作るんですね?」

「そう、すごくいいの。再生紙100%で作られてるからエコだし、漂白していないから燃やしてもダイオキシンが出ないんだって」

「なるほど」

「繊維が短くて水に溶けやすいから環境にもやさしいの。でね、障がいがある人の自立支援事業で生産されてるから、このトイレットペーパーが売れるとそういう人たちの雇用も作れるんだって」

「とても素晴らしいことですね」

「でしょ。だからEARTHおじさんの力を借りて、こういう商品をどんどん世の中に広めていかなくちゃって、ひろのぶ君と話してたとこ」

「さすがです。……で、そのトイレットペーパー、個展とはどういう関係があるんでしょうか?」

「関係ない」

 

 

 

!!!!!!!!

 

 

個展と関係ねえ。

個展と関係ねえ。

ハイ、オッパッピー……。

 

 

 

――その日以来、私は個展の全容を知ろうとするのをやめた。

わき目をふらず、余計なことを考えず、目の前の作業だけを黙々とこなした。

月めくりカレンダーがついに最後の一葉を残すのみになるころ、「収拾つかなくなったので予約とかなし。とりあえず藤原ひろのぶが1日4回講演」の知らせが届く。

私はひたすらに写真を手配し、データを用意し、パネルを作成し、デザインを仕上げた。

 

そして、ついにその日が来る。

明日12月15日10:00~、東京・国立「アグレアブル・ミュゼ」にて、個展講演会「EARTHおじさんが困っていること」開幕。

私は行く。私の知らない世界を覗くために。

(つづく)