倒産する出版社に就職する方法・第1回

1998年春、就職氷河期とうたわれた時代。

麹町にある文藝春秋社での一次面接の結果は、電話でかかってくることになっていました。

ケータイを部屋のすぐに目につくところに置いておきつつも、私がケータイを注視していることをケータイに悟られぬよう、テレビを見たり、本を読んだり…。

年末恒例のTBS「プロ野球戦力外通告」でおなじみの、呼び出し音がなるとともに過剰に手振れしたカメラがケータイにフォーカスし、満を持して選手がケータイに出る。そんなシーンを自分自身でシミュレーションしつつ、さあいつでもかかってこいや、二次面接の場所と日時を書き取る準備もばっちりできています。

 

でも…午前中、電話は鳴りません。

文藝春秋の採用担当者もひとりずつ電話していったら、ある程度、時間要するもんな…。焦んなくていいっすよ。まだ早い、まだ早い。

 

昼を過ぎ、とりあえずケータイを皿の横に置き、しばし昼食の時間。レトルトカレーはいつもと変わらぬ味。

履歴書に記入した電話番号、間違えてたかな…? という疑念をかろうじて上回る常識で制御しながら、電波入っているよな? 充電足りてるよな? バイブモードになっていないよなと何度か画面を再確認してみたり。

 

3時を回り、4時に差しかかるころになると、膨らんでいた期待感もずいぶんと空気が抜けてきて、ちょうどよい具合にたゆんできます。

「まあ、仕方ない。次があるさ」

 

とっぷり日が暮れたころには、空気も完全に抜けてしまうので、もう期待感もつまんでちゃんと捨てられるようになってくれるんですね。

ただ、まだとりあえず手離せないケータイが「鳴ると思ってた?」と聞いてきそうな気がして、だんだん恥ずかしくなってきはします。

 

「かかってくるなんて思ってねえよ」

その日初めてケータイを部屋の中に置きっぱなしにして、コンビニに買い物に行ってやりましたよ。(万一の場合もあるから、ちょっと早めに帰ってきてやったけどな)

 

こうして文藝春秋社から、暗黙の不採用通知を受け取った私は、その後も約1年をかけて採用試験や人員募集を行なっていた大小あらゆる出版社を受けて、落ちまくるわけです。

まあ、よく落ちた。

「出版業界って、ずいぶんとはるか遠くにあるんだなあ」

少なくともあのときの私からはほぼ見えなかった。なに、出版業界って天竺にあんの?

 

こんなことを何回も繰り返します。

こんなことを何回も繰り返すと、人間どうなるか?

 

根腐れして、恨み出す。

(人間どうなるか、じゃないですね。私がどうなったか、ですね)

 

そのときの感情を忠実に思い起こすのは今となっては不可能です。

俺に無許可で勝手に膨らんでいた希望を恨み、俺を採用しない出版社を恨み、当然世を恨む。

78%くらいが恨みとか怒り、20%くらいが徒労感、あとは二酸化炭素とかアルゴンとかメタンが少々。

「出版社に入りたい」なんて言っていた希望が居たたまれなくなって、どんどんうつむいていくのがわかるのですね。

そのときは声のかけようもありませんでした。

 

 

だから今、あのときの自分に声をかけるとしたら、明るくこう言ってやりますよ。

「お前、そこからちょうど1年後に憧れていた“出版社”に入れるぞ。よかったなあ。そんで、その出版社、18年後に潰れるからな。気をつけろ!」

(つづく)

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