腰痛が消えたあとで

倒産する出版社に就職する方法・第56回

 

「歩けるって、うれしいことなんだなあ」

 

あいだみつをと山下清を混ぜて便所の額縁に飾り付けたような言葉が漏れました。

2月11日、原因不明で痛めた腰は、翌12日朝には起き上がるのも、顔を洗うのも、トイレに行くのも一苦労の状態でしたが、その日の夕方あたりから快方に向かい、週の半ばを過ぎたことにはだいぶよくなっていました。

わずか1日で痛みの恐怖が体に染みついてしまったせいですべての行動がこじんまりしているものの、無事日常生活に支障のないレベルまで回復したのです。

あんなに痛かったのに、時間が経つとちゃんと治るもんなんですね。人体の不思議です。

さらに数日たつと、痛みは完全に姿を消しました。

歩いても、座っても、顔を洗っても、くしゃみをしても、痛くない。

ゲラを読んでも、現金出納帳を入力しても、印刷費の振込に行っても、痛くない。

ふつうに歩けるって、なんて素晴らしいのでしょうか。

足早に過ぎゆく季節の中で、空がこんなに高いことにも、緑がこんなに美しいことにも、今月の印刷費の支払い額が思ったより多いことにも、どうやら私は気づけなくなっていたようです。

当たり前の中にある幸せを見つけるきっかけをくれて、腰痛さん、ありがとう。

 

 

回復し、多少の余裕が出てきて思うことは、あれほどまでに私を苦しめた腰痛とはいったいなんなのか、ということです。

試みにネットで検索してみたところ、恐ろしい事実が判明します。

 

「日本整形外科学会と日本腰痛学会が2012年にまとめた『腰痛の診断指針』によると、原因が明らかではない非特異的腰痛が全体の85%を占める」

 

 

平たく言うと、「なんで腰痛になるか? 知らね」。

つまり、MRIなどの画像検査などをしても、「この神経が圧迫されてます」とか「腰骨が砕けてます」というような明確な理由がわからないというのです。

ほとんどの腰痛が、どこがどう悪くなっているわけでもないけれども痛みだけはある、という状態なのだそうです。ふざけた話です。

ということは、いつまたどんなことをきっかけに腰痛になるかわからない、ということでもあります。

振り返ってみれば、私も久しぶりにスーツを着て、革靴を履いて、ほんのちょっとだけ姿勢を正したくらいのものです。思い当たる節がないのです。

 

ネット上では、さまざまなサイトが腰痛の予防法を紹介しています。

ストレッチを行なう、正しい姿勢を保つ、おなじ姿勢をしつづけない、腹筋を鍛える……などなど。

 

しかし、論理的に考えたら、原因がわからないのなら予防法などわかりようがないのではありませんか。

うちの畑にミステリーサークルを作られないための予防法とかある?

死んだばあちゃんを夢に出させないための予防法とかある?

そもそも原因不明なものを対策するということ自体が論理矛盾なのです。

早い話が、いかなる予防法もそれらしい気休めに過ぎないのだ!

 

 

そんなことを考えながら、腰痛が完治してから早1カ月になろうとしています。

腰痛のことなど、もはや記憶の片隅にすらなくなり、腰がどのように痛かったのかも思い出せません。

空はすっかり低くなり、緑は相当くすみました。

腰痛さん、さようなら。また逢う日まで。

(なおも人生はつづく