三五館シンシャ

美しい風景

倒産する出版社に就職する方法・第67回

 

新潟県十日町で開催される「藤原ひろのぶ×ほう×EARTHおじさん個展講演会」開催直前、著者のほう氏から不安げなLINEメッセージを受け取った私は、開催2日目、十日町に赴きました。

東京駅から新幹線で越後湯沢まで1時間半、そこから北越急行ほくほく線に乗り換え30分の道のり。十日町駅です。

道も不案内な上、小雨も降っていたため、私は駅前からタクシーに乗車して、個展講演会場「十日町産業文化発信館イコテ」へ向かってくれるように伝えました。「歩いてもすぐですよ」と教えてくれた、きっと地元の人であろう親切そうな運転手さんに「荷物も多いので」と伝えて、後部座席に座ります。「さっきまでひどい土砂降りだったんですよ」「そうですか。このままやんでくれるといいんですけどね」「でも今日は一日中降るみたいですよ」なんて世間話を交わしているうちに、わずか2~3分で道路の左手に施設が見えてきました。

「ほら、すぐだったでしょう。ここですよ、イコテ」

「たしかにすぐですね。近くてすみません」

そんな会話をしながら会計をしようとしたときです。

「あれっ!? イコテ、今日なんかやってんですか? イコテにこんなにクルマが停まっているの珍しいなあ」

 

!!!!!

 

なんて嬉しいセリフでしょうか。雨中の長距離移動の疲れも吹っ飛ぶステキすぎるセリフが飛び出しました。このイベントに関与する者の一人として自尊心をくすぐられます。ワンメーター分の小銭を取り出しながら、さらに聞いてみます。

「ここ、こんなにクルマが来てることってないんですか?」

「ええ、あんまり見ませんねえ。ここまで人が来てるのは……」

 

ねえ、もっと言って。私の目を見て、その言葉、もっと欲しい。

 

「なんかやってんですか?」

 

運転手さんが興味深そうに尋ねてきました。これだけ集客をするイベントが何なのか気になったのでしょう。さらに自尊心がうずきます。

待ってました。こうなればもはや飛んで火に入る夏の虫。あなたの地元・十日町で本日開催されている、私も関与するこのイベントについて、堂々と紹介するチャンスがついに巡ってきたのです。

 

「ええ、イベントやってるんですよ。じつは私もこのイベントのために東京からわざわざ来たんですよ」

 

カマすだけカマしておきましょう。客が一人も来ないんじゃないかと心配になって見に来ました、などと本心を明かす必要はありません。東京から遠路2時間もかけてわざわざ人がやってくるすげえイベント感を醸します。何のイベントやってんのか気になるよう、用意周到に撒き餌をします。ここまで来たら、イコテで開催されているイベントの内容を尋ねざるをえないでしょう。この気のよさそうな運転手が、私の仕掛け罠に捕らえられるのも時間の問題なのです。むふふふ。

 

「ああ、そうなんですか。それじゃ、お気をつけて」

 

バタム!

 

 

 

後部座席のドアが無機質に閉められました。

運転手さん、このイベントの内容には特に関心がないようです。

 

……。

 

 

気を取り直して、会場内に進むことにしましょう。

2階建て施設・イコテの1階はレストラン、2階が個展講演会の会場です。会場にあがる階段にもほう氏のイラストが飾りつけられ、入り口では小学生くらいの男の子が来場者にビニール袋を手渡しながら、靴の持ち込みについて説明をしてくれています。手作り感あふれる温かな雰囲気です。いい感じなのです。

会場の入り口付近は展示を見終えて帰ろうとする人と、これから入ろうとする人で混み合っています。これもまた人がたくさん来てる感が出ています。いい感じなのです。

会場に足を踏み入れると、藤原氏の講演と講演の合間の中途半端な時間にもかかわらず、20人ほどの人が思い思いに展示を鑑賞してくれています。会場の一番奥では著者二人が机に座り、来場者の本にサインをしています。さらに数名の方が列を作ってサイン待ちしているのです。

 

なんて美しく、そして嬉しい風景なんでしょうか。

 

ああ、あのタクシー運転手さんにもこの絶景を見せてあげたかった……。

ともかく、長澤氏の「誰も来なかったらどうしよう」という心配は杞憂に終わったのです。

(つづく)