三五館シンシャ

腐ったミカン

倒産する出版社に就職する方法・第77回

 

 

『やっぱ、この色。。。いや』

 

このメッセージがLINEに送られてきたとき、俺は思った。

「ああ、そうか……」

落胆などしていなかった。むしろ心のどこかでほっとしていた。隠し続けてきた年齢詐称が露見したアイドルのように。ゴーストライターが明るみに出た佐村河内のように。これでよかったんだ。俺は自分にそう言い聞かせた。

 

 

時はその1週間前にさかのぼる。

私は「色校」を脇に抱え、都内の喫茶店で『買いものは投票なんだ』の著者・ほうこと長澤美穂氏と向き合っていた。

「こんな感じなんですけど…」

私は色校を長澤氏の目の前に差し出した。あえて原画は手に持った封筒から取り出さなかった。

『買いものは投票なんだ』の続編を作ろうという話はずいぶん前から持ち上がっていた。

同書は2018年秋の刊行からいくども重版を重ね、刊行から2年が経とうとする現在も着実に動き続けている。読者からの反響も大きい。その続編は出版社としても望むところだった。

『買いものは投票なんだ』が生み出したキャラクター・EARTHおじさんを主人公に、いくつかの案が持ち上がった。その中から、著者の藤原ひろのぶ氏、長澤美穂氏との打ち合わせでテーマは「お金」に絞られた。テーマは決まったものの、その製作は難航を極めた。「お金」と私たちとの関係性をどう描くか、「お金」の正体にどう迫るか。全体の項目案を作っては壊し、再び作り直しては納得できないまま壊す作業が続いた。

そのうち、1日に何度も繰り返されていた電話やLINEでのやりとりが減っていった。こちらからの問いかけに対しての著者2人の反応が目に見えて少なくなっていった。しまいにはこちらのLINEメッセージが返信のないまま放置されるようになった。

 

すると同時期に不思議なことが起こった。

藤原氏と長澤氏のフェイスブックで、EARTHおじさんを主人公とした10コマ漫画が投稿されだしたのだ。数日に1本ずつ。定期的に。律儀に。着実に。順調に。

 

???

 

そう、追い詰められた2人組は現実の作品作りから逃げ出し、羽根を広げて空想の世界へと飛び立っていったのだ。

そこは締切のない世界。構成に思い悩むことも、編集者に追い立てられることもない、苦しみも憎しみも暴力もない世界。

あぁ、2羽の鳥が自由に大空を旋回している。

 

……。

 

2羽の自由な羽ばたきを見て俺は思った。

 

なにしてんの?

 

 

しかし、私は知っている。

宿題を放り出した生徒をもう一度宿題に取り組ませるためにはどうすればいいか。

なにやってる、と問い詰めることに意味はない。一方的に怒ってもいけない。強制力をもってコントロールしようとすることは逆効果になるからだ。

まずは彼らの存在を認めること。そしてやる気を喚起させること。大切なのは彼らのモチベーションを高めてやることなのだ!

愛をもって接すれば、教師と生徒の絆は必ずつむがれる。可能性のない生徒などいない。

学校教育からこれ以上落ちこぼれを出してはいけない。

そうだ、君たちは落ちこぼれなんかじゃない。腐ったミカンなんかじゃないだ!

 

私は藤原氏と長澤氏とのグループLINEにメッセージを入れた。

 

『フェイスブックのマンガ読みました。なかなか面白いですね』

 

まもなく長澤氏からメッセージが返ってきた。

 

『わたしたち漫画家になります』

 

 

なに言ってんだこいつ。

(来週につづく)