倒産する出版社に就職する方法・第5回

ない。

本当に、ない。

手帳がないんです。

 

朝、事務所に着いて、いつものようにバイクのヘルメットを所定の位置に置いて、リュックをおろして、ケータイと財布を取り出して、週末に家で読んできた本を取り出して、手帳と一緒に机の上に置いたはずなんです。そこまで覚えてるんです。

そのあと、パソコン立ち上げて、早めに返信すべきメールを2本立て続けに打ち返して…さて、今日の打ち合わせは11時半からだったよな、と予定を確認しようとしたのです。

手帳、手帳…と。

 

あれ?

ない。

手帳と一緒に机の上に出した資料本はたしかにある。

知らず知らずのうちに手帳だけ机の引き出しにしまったんだっけ?

上から順番に確認していきます。

一段目。名刺類とかカード類とか鍵とか小銭が入っている段。ない。

二段目。銀行関連の書類とか印刷見積もりとか入っている段。ない。

三段目。年賀状とか住所録とかが入っている段。ない。

 

椅子の背後の書類の束のあいだも、リュックの中も、ポストに入っていたチラシを破って捨てたゴミ箱も。

ええっと……、もう一回机の上。

机の引き出しを上から順番に。

椅子の背後の書類の束、リュック、ゴミ箱…二巡目。

 

おい、嘘だろ。

本と一緒に机の上に出したよな。

そんなことってあるだろうか?

なんで?

 

 

いや、こうなったら徹底的に探してやるからな。

こっちは時間がないんじゃ。すでに10分はムダにしているから。いつまでもこんなことしている場合じゃないんだ。覚悟しろよ。俺を本気にさせたなクソヤロー。一箇所ずつ潰していってやる。うちのリモコンみたいに突然出てきても、「ここにあった。よかった」なんて見逃さんぞ。「お前、さっき俺が見たとき、ここいなかったよな」って問い詰めるからな。証拠つかむぞ。

ゲラのあいだ、封筒の中、本と本のあいだ、丁寧に、慎重に。

机の上、書類を一枚ずつ確認。……ない。

机の引き出し、上から順に、ない、ない、やっぱりない。

椅子の背後の書類の束、リュック、ゴミ箱…三巡目。

 

 

……ホントどこ?

もしかして手を洗ったときに排水溝に流れた?(ない)

まさか3カ月開けてない流しの下の引き出しに?(ない)

ひょっとして1Fのポストに入っちゃった?(ない)

向かいのホーム 路地裏の窓

こんなとこにいるはずもないのに…

 

 

いや、もう勘弁してくれ。

6月新刊の『容赦なく長生き!』のカバー色校が出てくるし、本文の白焼きだって確認しなくちゃいかん。11時半には打ち合わせが入ってるんだ。記入してない出納帳もつけて、秋に出す本の本文用紙候補も調べなきゃいかんのよ…。

……わかった。さっきはすまん。強く言い過ぎた。俺が悪かった。戻ってきてくれるだけでいい。次見るとき、突然、机の上にあってもいい。「あった。よかった」って、リモコンが突然出てきたときみたいに、理由なんか聞かない。とにかく、もう一度でいい、一度だけ会いたい。いや、君が無事か、それだけが知りたい。

 

机の引き出し、上から順に、ない×3。

椅子の背後の書類の束、リュック、ゴミ箱…四巡目。

ない。

 

 

 

もう、やめた。

バカバカしい。

手帳なんか要らんわ。

 

今時、手帳でスケジュール管理するってなんなんだよ。時代遅れも甚だしい。

そんなことやっている奴、いませんから。

『最強のディズニーレッスン』の打ち合わせ中、みんながノートパソコン、パチパチ打ち込んでんのに、俺だけ手帳にチマチマ書き込んでるの、恥ずかしかったわ。

ああ、もうあんなことしなくて済むかと思うと、清々するわ。

さあ、今日からグーグルスケジュールに切り替えじゃ。いい機会だ。天の配剤。

もっと早くグーグルスケジュールにしておけばよかった、って笑える日が、きっと来る。

 

 

打ち合わせが終わって、事務所に戻る。また数本のメールを打ち返し、印刷会社から届いた見積もり確認して、さて出納帳をつけるとするか。まずは交通費精算…ええっと、4月は…。

 

!!!

 

思い出がよみがえる。

木場公共職業安定所、千代田区役所、公証人役場、東京法務局、信用保証協会…ぜんぶ君と一緒だったよね。未来が不確かすぎて不安になったとき、僕はいつも君を強く握りしめた。

今日君を失って……そして僕は途方に暮れる。

 

 

今週来週、私と打ち合わせ予定の方、私が行かなかったらごめんなさい。

手帳、ないんです。

つづく


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