約束の日――sentimental Ver.

倒産する出版社に就職する方法・第9回

約束の日。

まだ4月だというのに日中30度近くまで上昇した気温がその勢いを翳らしはじめたころ、俺は家を出る。

もう後戻りはしない。振り返るな。泥道に足跡など残っちゃいない。

俺は俺に言い聞かせる。

「今日、決める」

15:××、京成線に乗り込む。念のため、京成線と都営浅草線と総武線、中央線すべてが遅延し、三五館の場所がなかなか見つからなかった場合を想定したタイムスケジュールで四谷へ。遅刻は命取りになる。

 

15:40、都営浅草線に直通し、朝の通勤時間帯は都心に向かう乗客たちの無秩序な息遣いが疎ましい路線もこの時間帯は空いている。

高校時代、朝、機械的に始発に乗り込み、夕方この電車で戻ってきたのは単なる帰巣本能だろう。俺の意思などどこにもない。ひたすらに空虚な往復を繰り返したこの路線で、俺は本物の空っぽを知った。

 

15:45、車窓から外を見下ろす。建物のあいだに斑に空き地が点在するのは立体交差事業の準備だという。その事業とやらはいつ始まるのか。「お前はどうだ?」。空き地が俺に問う。俺は目を逸らす。

車内で封筒に忍ばせたブツ(企画書)を何度も確認する。今はこいつが俺の精神安定剤だ。

 

16:15、四ッ谷駅、到着。

中央線は定刻どおりホームに滑り込む。

祈るな。願うな。

運命からは誰も逃げられない。

 

16:25、JR四ッ谷駅から四谷見附交差点へ出て新宿通りを新宿方面へ。目印は頭に甘栗太郎の看板を冠したビル……。約束の時間35分前に三五館にたどり着き入口を視認。「こんなときだけすぐ見つかりやがる」。自嘲気味に笑う。

 

16:26、三五館の誰かに出くわし、面接の30分も前に来たやばい奴と思われないよう歩みを止めず、そのままスルー。胸ポケットのブツが俺の顔色をうかがってる。お前の出番はまだ早い。

 

16:30、四谷三丁目の横断歩道を逆サイドに渡り、ビルの1Fに人の出入りがないかを視界の端で確認しながら、四谷駅方向へ踵を返す。新宿通りを行き交うトラックがまきあげる生暖かい風がスーツを撫ぜる。これが俺の追い風ってやつかよ、頼りねえな。少しだけ休める場所が欲しい。

 

16:40、四谷小学校に隣接する公園に身を隠す。約束の時間までまだ20分ある。これは迷いの時間じゃない、決意を再確認する時間なんだ。

「今日、決める」

もう願わない。望まない。ただそうつぶやく。

 

16:50、遅れて下校する小学生が、スーツ姿でブランコを漕ぐ俺を横目で見ながら通り過ぎる。

あんなころ、俺は何になりたかったっけ?

もう思い出す必要もない。

俺はもうすぐ、なりたいものになる。

 

16:55、もう時間だ。

瞬間、風が凪いだ。

空き地よ、トラックよ、小学生たちよ、聞いてくれ。

「俺は、始まる」

 

17:00、再び三五館前に到着。ドアを開く――。

(つづく)


サイババと、膝のゆらぎ<連載第8回>

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