三五館シンシャ

とにかく腰が痛え

倒産する出版社に就職する方法・第55回

 

 

固まりきった腰の鈍痛と強烈な不快感により、私は真夜中に目を覚ましました。

数時間前、「一晩寝れば治る」なんて甘すぎる見通しを立てた自分を呪いながら、暗闇を睨みつけます。

しばらくおなじ姿勢を保ったため、腰が固まりつき、そこを発信源としたうずくような痛みが全身に広がっていくのです。

 

痛ぇ……けど、とにかくこの姿勢を変えてぇ。

この姿勢のままでいることが腰を固まりつかせ、さらなる負担となることはなんとなくわかります。

とはいえ、この状態から腰を動かすことは怖い。

腰痛を経験したことのある方ならおわかりでしょうが、下手に動かすと、むき出しになった神経を素手でなでられたような痛みが走るのです。

 

怖ぇ……けど、とにかくこの姿勢を変えてぇ……。

 

このままでは事態はさらに悪化します。人生のシーンにおいては、よりよい未来を生きるため、無理してでも次なるステージへの一歩を踏み出せねばならないことがあるのです。ぬるま湯からの脱出です。

 

……右、向こう。

 

勝負のときです。右に寝返りを打つことを決断した私は慎重にほんの少しずつ左肩を起こし始めました。

 

むぅ~~、むぅぅぅ~~~、むぅぅぅ~~。

 

暗闇に小さな嗚咽が漏れます。

そして嗚咽とともに右肩を支点にして左肩が徐々に持ち上がっていきます。

5度、10度、30度……。

少しずつ少しずつ、左肩の角度が上がるとともに上半身が垂直方向に動きます。

60度、70度、80度……。

時折、響くように腰の痛みが広がりますが、まだ耐えられる範囲です。ゴールの90度を目前にし、ここまで作業は順調に推移しています。

しかし、完全に右側に寝返りを打つためには、最終局面において右の腰骨を直角に立てるという難事業が待っているのです。

 

むぅ、むぅ、むぅ、むぅ……。

 

80度の状態をキープしたまま、呼吸を整えます。

私は踏ん切りがつかずにいました。これまでの肩へのアプローチとは違い、痛みの発信源になっている腰を直接動かすことは、場合により人命にもかかわる極めて危険な作業となるからです。一言で言えば、痛いの怖え。

それでも、あとには戻れません。やるしかねえのです。

私は意を決し、左肩をあと10度動かすのと同時に右腰骨をひねり地面に垂直に打ち立てました!

 

ぐぬぅぅぅぅ~。

 

案の定、腰からの痛みが脊柱をかけのぼり、さっきより大きな嗚咽が漏れます。

それでも、なんとか右に寝返りを打つことに成功しました。

 

ゅゅ~、ゅゅ~、ゅゅ~~~。

 

激痛への恐怖心と難事業を成功させた安堵感、将来に対する唯ぼんやりとした不安、それに愛しさと切なさと心強さも加えて、押し殺しきれぬむせび泣きが漏れます。

 

 

 

「なぁに?」

 

布団の中から漏れ出す周波数に、イルカセラピーと同様の癒し効果を得たのか、隣で寝ていた妻が目を覚ましました。

 

「大丈夫?」

「あぁ、腰が痛ぇ」

「……大丈夫?」

「……腰が痛ぇ」

「……大丈夫?」

「……」

「……」

 

……。

 

妻は安心して再びお休みになられました。

(ダラダラとパート3につづく