三五館シンシャ

裁判所に調停を申し立てます

倒産する出版社に就職する方法・第38回

 

 

「数日前に、家賃値下げのお願いというのを郵送したんですけど、検討していただけましたか?」

 

音も沙汰もないので、仕方なくこちらから不動産屋に電話します。

しばらく保留音ののち電話に出た担当者いわく、

「そういう手紙はいただいていないんですが……」

 

……。

そうなの?

「いや、1週間ほど前に間違いなく送っているんですけどねえ」

「いえ、でもこちらには届いていませんから」

「いや、確実に送ったんだけどなあ」

「いえ、探しましたが、来ていないんですよ」

 

果汁100%の水掛け論。厳選された水掛け論だけで作られた水掛け論です。

書留で送っておくべきだったかなあと思いながらも、気を取り直して単刀直入に切り出します。

「要は、家賃を2割下げてほしいということなんですよ」

「2割というのはいくらなんでも難しいと思いますが……」

不動産屋の担当者は戸惑いつつも、「一応、大家さんにその旨交渉をしてみますので少しお待ちください」と約束してくれました。

とりあえず大家側のコートに「2割値引き要求」のボールが打ち込まれたわけです。

こちらとしては大家側がどう出てくるのか、その返球待ちです。

 

引っ越した当初、菓子折り持って挨拶に行き、今もたま~に道ですれ違って会釈を交わす、人のよさそうな大家の顔が浮かんできます。

「いやいやこれは、借地借家法第32条1項に記された権利なのだ」と自らに言い聞かせる人のよさそうな大家以上に人のよい私。

 

ちなみに借地借家法の32条には「借賃増減請求権」というのが明記されています。契約で定めた家賃が時代状況で不相応になった場合には、家賃の「増減額」を要求できることになっているわけです。

 

 

数日後。

来ました。待ちに待った不動産屋からの電話。今度はちゃんと向こうからかかってきました。

 

「家賃値下げの件、大家さんと交渉したんですが、やはりご希望にはお応えできかねます」

 

なるほど、そうですか。

2割下げの要求が満額通るとは思っていませんでしたが、5~10%くらいは下げてくれるかなという期待もありました。

でもまあ、ここまでは当然、想定内です。私も泰然としたものです。

いわゆるプロローグというやつ。家賃減額交渉はここから本章の扉が開かれるのです。

 

「そうですか。それでは、裁判所に調停を申し立てますので、よろしくお願いします」

 

はい、調停です。

どうです、これ。

人生で一度は言ってみたいセリフランキング上位の、憧れのセリフ。ついに言ってやりましたよ。

ちなみに次に言ってみたいセリフはやっぱり「運転手さん、前のクルマを追ってくれ」ですかね。

 

さて、「調停」とは、紛争を当事者同士で解決できないときに、裁判所に申し立てを行ない、調停委員にあいだに入ってもらって解決をはかる方法です。裁判の一歩手前みたいなもんですね。

「離婚調停」も「年俸調停」もしたことのない私にとっては、調停など遠い世界の話かと思っていましたが、意外と近くにあるものです。

 

いよいよこの俺も調停かあ。

(つづく)