旧三五館を覗いてみたら

倒産する出版社に就職する方法・第53回

 

1月31日、私はほぼ1年ぶりに四谷の地を踏みました。

四谷は、1992年に三五館が設立された地でもあり、それ以降数回の事務所移転を経ながらも2017年10月の倒産までずっと本拠とした場所でもあります。「三」と「五」が挟んでいるから本拠はずっと「四谷」なのだという説を聞いたことがありますが、真偽のほどは定かではありません。

もちろん、2000年に私が無理矢理に押しかけた場所もここなので(その経緯については第10回あたりを参照)、倒産までの都合17年半、毎日通い続けた土地です。

2017年10月5日に倒産し、その月末までは出社しながら関係者への説明や残務整理に当たったため、10月末までは日々、四谷に通勤していました。

しかし、当然家賃も払えないわけで10月末を区切りとして事務所も完全に引き払うことになります。それ以来、私が四谷を訪れる理由はなくなってしまいました。

『買いものは投票なんだ』の著者・藤原ひろのぶ氏の講演会がたまたま当日の夕方、四谷で予定されていました。藤原氏から、講演会の前なら打ち合わせ時間が取れると聞き、急遽なつかしの四谷へ降り立ったのです。

今時煙草吸い放題の喫茶店での藤原氏との打ち合わせを終えた私は、せっかく四谷に来たのだからと三五館のあったビルへ足を伸ばしてみることにしました。

 

旧三五館は、JR四ツ谷駅から新宿通りを新宿方面へ歩いて10分ほどのところにある7階建てビルの3階に入っていました。

1階と2階は、イヌ、ネコはもちろん、爬虫類やサルまで幅広く取り揃えたペットショップです。三五館の社員がエレベーター内で脱走したトカゲと鉢合わせするという事件も起こっています。

当時、夜に静まり返った社内で作業をしていると、階下のペットショップから、けたたましいサルの奇声、20ヘルツ以下のブタの唸り声が聞こえてきたものです。

深夜0時を過ぎるころ、檻に閉じ込められた動物たちの声はひとつに重なり、自由を希求し、解放を願う合唱となります。

この事実をあのペットショップの店員たちは知らないでしょう。知っているのは労働基準法を無視して働き続けた三五館の社員だけです。

 

10分ほど歩くと、なつかしいあのビルが姿を現しました。

ペットショップは変わらず営業中です。

そして、新宿通り側に掲げられた「図書出版 三五館」という看板もそのままです。

どうやら三五館のあとにまだ新しいテナントが入っていないようです。

 

(それならちょっと覗いてみよう)

 

いたずら心が湧いてきた私は、エレベーターで3階に上がると、真っ暗な廊下を手探りで進み、勝手知ったる廊下の電灯のスイッチをつけます。

1年ものあいだ新たなテナントが決まらないためか、廊下も新しく内装され直したようで小奇麗になっているではありませんか。

 

正面のドアの前に立ち、ノブをひねってみると、なぜか無施錠のドアが開きました。

 

おおっ。

 

意味不明な感嘆が漏れます。

 

「……失礼します」

 

万一、三五館の倒産を知らされずあの日以来ずっとこの地でゲリラ戦を展開する残留三五館兵がいた場合のため、曖昧な挨拶とともに警戒を解かず侵入してみることにします。

 

 

 

静寂。

誰もいないオフィスの、ただひたすらな静寂さ。

 

たった1年と少し前、自分があわただしく走り回っていたことが信じられないくらいの静けさが支配するフロアで、階下からうっすらと聞こえる動物たちの咆哮を耳に、私はただぼんやりと立ち尽くすのでした。

(つづく)